入社試験で本当に“企画の千本ノック”をしました。(1000企画付き)

2020.01.14

株式会社人間
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株式会社人間

はじめまして、シャニカマと申します。
昨年7月からアルバイトとして企画の仕事をしています。

え?なんでみかん箱で仕事してるのかって?
それは追々分かります。

まずは簡単な自己紹介をさせてください。

私は東京の会社でスマホゲームを作っていたのですが「みうらじゅんになりたい」という夢が捨てきれずに、2019年1月、会社を辞めて個人活動を始めました。
しかし、迷走に迷走を重ね、国会議事堂の周辺で勝手にテロ調査をしたあたりから居候先の彼女に愛想を尽かされ、住む場所を失います。

ようやくそこで「このままじゃまずい」と気づき、転職活動を始めて株式会社人間に出会いました。

そんな私が、つい先日社員として「内定」をいただき、2月から社員として働くことが決まりました。
タイトルの通り佐渡島へ行って10日で企画を1000個作ったからです。

実際に作った1000企画

これだけ見せられても意味不明だと思うので、この斬新な入社試験が決行されるまでの経緯をお伝えしようと思います。

島流しされる“理由”

キッカケは自分が蒔いたタネでした

懸命に働いた半年間

半年前、アルバイトとして採用されてからの私は正直かなり懸命に働きました
主に山根さんに師事しながらディレクター兼プランナーとして、半年で3つも案件を任せていただきました。

特に「有給浄化」というイベントは思い入れが強く、初めて自分発案の企画が実現し、結果的に「とくダネ!」や毎日新聞でも取り上げていただきました。
もちろん、山根さんや花岡さん、諸先輩方からも色々と助けていただき、何度も失敗はしましたが、自分の中でも「やり切った」と思える充実した仕事です。

「社員になれる」という思い上がり

そんな充実した人間ライフで、欲の深い私は「そろそろ社員でもいいんじゃないか?」と思うようになり、ある日の社長の花岡さんに相談しました。

「あの…正社員にしていただけませんか?」
え、いいんですか?
「……え?」

私は言っている意味が分かりませんでした。
質問に質問で返されても……。

でも確かに言われてみると「このまま正社員になってもいいのか?」と思えてきます。

何かが足りない。
どうすれば納得して正社員になれるのか。
そもそも私はなぜ人間に入りたいのか?

思い返せば最初に面接へ来たのは半年前。
ほぼ無職だった私は「みうらじゅんな仕事ができる会社は無いのか?」という、なんとも虫のいい転職活動を始め、株式会社人間と出会ったんです。

人間の仕事は一見「悪ふざけ」にも見えますが、どことなく“知性”のようなものもあり、どれも言葉遊びが秀逸な企画ばかり。
私に言わせれば、まさに「株式会社みうらじゅん」でした。

そこで「どうしてもこの会社に入りたい」と思った私は企画書を100枚作って面接に行きました。
実力も実績もないので、とにかく情熱だけを“目に見える形”で伝えたかったのです。

結果、これが評価され「アルバイトからなら」と採用していただきました。

(当時の企画書)

そう考えると、今の私だって実力も実績もまだまだ半人前です。一本企画が通ったぐらいで調子に乗ってあさましい
そんな男が人間に入れる訳ありません。

この上は、もう一度“目に見える形”で人間に対する熱い思いを伝えるぐらいしか私に出来ることはありません。
半人前が一人前の“人間”になるのなら、それ相応のことをするべきです。

そう思い、花岡さんにこう伝えました。

「俺に何かチャンスをください。まだ実力も半人前ですが、人間に対する愛はあの頃のまま、いやそれ以上です。企画の千本ノックでも何でもやりますから、どうか入社試験を受けさせてください!」

すると花岡さんは。

「千本いいですね。じゃあそれで。

これが企画を1000個作るために島流しされたキッカケです。
完全なる思いつきで、自分としては「例え話」ぐらいのつもりでしたが「企画千本ノック」があっさりと採用されてしまったのです。

その後、あれよあれよと言う間に

「10日でやろう」
「企画に集中できる離島に流されよう」
「企画を採点して入社後の待遇を決めよう」

とアイデアが膨らみ当企画が完成しました。

また、お題を一般から募集しようということにもなり、簡単なWebサイトまで作りました。

(同期の西村が1週間で作ったWebサイト)

そして、実際にこのサイトを公開すると1週間で295個ものお題が集まり、私は“やるしかない”と腹を決めるのでした。

「人間島流し」本番

波乱の幕開け

12月19日、少し早めの最終出社日を迎えた私を社長たちが送り出してくれました。
写真の表情からも私の不安と、送り出す社長たちの“してやったり感”が伺えます。

 

翌朝……

初日の朝から事件は起きました。
起きたら家を出る時間だったのです。

慌てて寝起きの母に駅まで送ってもらい、何とか間に合う電車に乗り込んだのも束の間、今度はPCを忘れたことに気がつきます。

それだけではありません。予約時の確認漏れで新幹線のチケットが受け取れず、最終的に自腹で空路のチケットを抑えました。

ここまで起床からわずか40分です。

とにかく「焦り」以外の感情がないまま移動中も企画をしつつ、夜の18:30になって佐渡島へ到着。
18時間が経過した時点で、まだ60企画しか出来ていませんでした。

宿のホストさんへの挨拶もそこそこに、すぐさま部屋で企画をスタート。
7時間ほど企画し続け、初日は110個を企画した時点で終了しました。

振り返ってみると、全ては己の寝坊が諸悪の根源。そのせいもあってか、初日の110企画中に8個も「睡眠」や「目覚まし」の企画が入っていました。

過酷な“流刑地の実情”

2日目以降の島流し生活はいたって単調。
それでいて過酷なものでした。

まず、2日ほど企画をしていく中で自分のペースというのがわかってきます。調子が良くて1時間に10個、悪い時は1時間に2~3個。平均すると1.5時間で10個ぐらいのペースになります。

つまり、100個作るとなると1日で15時間は企画に当てなければならず、それ以外の時間に食事・風呂・トイレ・睡眠の時間が入ってきます。
気分転換を1分1秒でもすればダイレクトに自分の睡眠時間が削られ、企画の達成可否に大きく関わりますから、本当に企画し続けるしかないのです。

そして、そんな生活が何日も続くと、段々「今日はもう何も浮かばないんじゃ無いか?」という不安にかられるようになります。考えてみると、企画が浮かぶ保証なんてどこにも無いんですよね。

また、寂しくなると近くの海へ出向いて現実逃避するのが日課でした。
先輩社員の佐々木さんは多忙を極めて疲労困憊になった時“気づいたら海にいた”そうですが、その気持ちが少しだけ分かった気がします。

それでも「早く人間になりたい」という思いだけで企画をし続けていると、私を哀れんでくださった方々から合わせて717個ものお題が集まり、毎日110個のペースで企画し続けることができました。
本当にありがとうございました。

島で生まれた“名作”と“迷作”

島流し中にはたくさんの企画が誕生しました。
いくつかご紹介いたします。

まずは数少ない“名作”から。

お年玉を計画的に使えるポチ袋『ポチ袋十二単』

お年玉を子供に渡すとすぐに使ってしまうので、最初から12分割にして1ヶ月ごとで入れておくポチ袋。内側が12層に分かれていて、カラフルな和紙で出来ているので「十二単」と呼ぶ。

味で融資判断をする支店『おいしい融資』

経営戦略とかはさておき、美味しかったら融資する銀行のサービス。
サービス自体の話題性も十分でかつ、融資先のお店も「味で融資させた」となれば店に箔が付いて売上にもつながる。

全てが100mmの箱に入った『100mmショップ』

パンでもご飯でも、野菜でも何でも全て10cm四方の立方体ケースに入れられているショップ。陳列棚が綺麗に整頓されていて映える。家のものをシリーズでまとめるとオシャレになり、見た目も特徴的なので「100ミリのやつだ!」とすぐ気づいてもらえる。

いかがでしょうか?
「え、これで名作…?」と思った方は、次の“迷作”をご覧になって相対評価するとやさしい気持ちになれるかもしれません。

猫背をアピールする『吾背は猫であるTシャツ』

猫背な人が自己申告のために着るTシャツ。
「吾輩」と「吾背」がいい感じにダジャレ決まっている。

変態だけど迷惑かけない『変態紳士ハット』

新仕様のハットの中にパンティが縫い付けられた便利グッズ。
公衆の面前でパンティを被っていられる。パンティは着脱可能。

『脱藩のうまいやり方』シリーズ

・清水の舞台から飛び降りて男をあげたい
・じっちゃんの名にかけて熊を倒したい
・母が醤油みたいな小便が出る「醤便病」だから治す薬を探す

「下手な鉄砲数撃ちゃ当たる」なんて言いますが、あまりに外れ続けると自暴自棄になるものです。
撃ち続けられることも才能なんだと信じて、今後も精進していきます。

最終日、またしても“波乱”

佐渡島でノマドワーキング

12月29日、ついに最終日を迎えた私は残り40企画のところまできていました。
1日で40企画であれば余裕なので私は「ノマドワーキング」と称して佐渡島を観光しようと思い立ちます。

そこでレンタカーを借り、島の至る所で企画をしてみました。
海辺のベンチ、佐渡の金山、そんなとこにあるはずもないのに。

大自然の開放感で発想が広がるとか、金山で企画のゴールドラッシュになるとか。
そんなことは一切ありません。

真冬の佐渡島で寒さに身悶えながら生み出した企画は、小さく縮こまった、10人いれば8人は思いついて口にも出さないような企画でした。

例)ワインの乾燥メーカー

(何回読み返しても面白くない)

それどころか、金山の中でノートを取っていると他の観光客から「え、自主的な社会科見学……?」という白い目で見られる始末。

実際、ワーワー騒いでいたギャル2人がノートを取る私を一瞥した途端「ハッ……」と息を飲むように黙り込み、数メートル先まで行ってからギャハハハハと大爆笑していました。

企画は部屋の中ですることをオススメします。

社長2人から「最後のお題」

そうこうしているうちに残すところ2企画となっていました。
せっかくなので社長のお2人に「何かお題ありますか?」と聞いてみたところ、こんな返事が。

ハードル高くないですか?

それまで700以上のお題に企画してきたのですが、この2つだけ明らかに違う。
体育の授業で急に「筋肉番付」でケインコスギが飛ぶような跳び箱が置かれた気分です。

「聞くんじゃ無かった」という後悔はありつつも、これまた自分が蒔いたタネです。やるしかありません。

まずは山根さんのお題「岡勇樹のこれまでの人生を振り返って企画を生み出してください」から取り掛かります。
大学の就活ぶりに自分の人生を棚卸しして、ノートに薄っぺらな反省を書き殴っていきます。

「岡勇樹とは何なのか?」
「なぜみうらじゅんになりたいのか?」

そしてたどり着いた企画がコチラ。

最後の企画で、あえて生前葬を提案するというこの洒落加減。
「決まった!」と思いドヤ顔でツイートすると山根さんから即リプがあります。

とりあえず見なかったことにしました。

そして、最後は花岡さんからのお題「島流しの最後にふさわしい企画を考えてください。」です。
その結果出来上がった企画がコチラ。

これを実現すれば感動のフィナーレです。企画完成と同時に花岡さんへ電話しました。

「……なので、最後は黄色いハンカチを会社に飾って出迎えていただけませんでしょうか?」
「いいんですけど、それで面白いの?」
「うーん……たしかに……」

「なんかもう少し練れそうですね」
「例えばですけど、映画通りハラハラな展開にするために『黄色いハンカチと社長がいなかったら不合格』とかですかね?」
「あー。じゃあ、居なかったらそういうことで……ガチャ」

こうして私はまたしても窮地に立たされることになりました。
1000企画の達成によって正社員内定が決まるはずでしたが、翌30日の会社で「黄色いハンカチと社長2人が待っていれば合格」という最終審査が追加された形で島での生活は終わりを迎えます。

黄色いハンカチはあるのか

最終日は1日に1本しか出ないフェリー、そこから新幹線とサンダーバードを乗り継ぎ、10時間以上かけて大阪に帰ります。
会社へと続く一本道に差し掛かった時、私は原作の高倉健と同様、前を向くことができませんでした。

そこに黄色いハンカチが無いかもしれないから、です。

そして会社の前に到着。

ハンカチは…………ありません。
電気すら付いていません。

そしてオフィスのある4Fにあがるためエレベーターに乗ります。
1・2・3・・・4F。意を決してエレベーターを降り、会社のドアに目をやると。

そこには「黄色いハンカチ」がありました
が、何やら文字が書かれています。

「ココニカケロ XXX-XXXX-XXXX」

え?
なにこれ?

斜め上というか、まるで別次元な予期せぬ状況に、私はただただ怖くて動けませんでした。
でも電話をかける他にできることがないので、恐る恐るダイヤルをします。

「……もしもし……」
「あ、もしもし?」

出たのは何となく聞き覚えのある女性の声でした。
誰……?

「えーと、シャニカマです……」
「あ、はい。おめでとうございます。」
「おめでとうございます?
「……内定です」
「え!?」

なんと唐突に内定を告げられました。

ただ、誰だか確信が持てないと喜びようもなく「すみません、どちら様ですか……?」と聞いたところ、電話先は仕事でよくお世話になっている映像会社のアンドウさんでした。
アンドウさんは社長2人と同い年で、よく社長の急なお願いを引き受けて、馬車馬のように働かされている方です。

(酔っ払って)電話中のアンドウさん

「すみませんまた厄介なお仕事を……」
「いえいえ、私でよかったのかは分かりませんが、とにかくおめでとうございます!」
「ありがとうございます!ちなみになぜアンドウさんに白羽の矢が……?」
「いや、何だか知らないんですけどお願いされました!」

依頼する人もする人ですが、受ける方も受ける方です。
ふつう「なんで私なんですか?」とか「花岡さんの方がいいんじゃないですか?」とかあるでしょう。

そんなことを思っていた時です。
背後から視線を感じました。

振り返った先には一台の見知らぬカメラ

社長たちが出てこない理由がやっと分かりました。
彼らはWebカメラで“高みの見物”をしていたのです。

電話を切ってからカメラをじーっと見ていると『ウィ…ウィ…』とスターウォーズのR2-D2みたいなカメラがキョロキョロと動きます。やはり。

「あのー、ずっと見てたんですか?」
『お疲れ様です』

花岡さんの声でした。

「いや、出てくるでしょ?こういう時は」
年末ですから
「年末ですけど……え、今何してるんですか?」
『家でパジャマ着てるよもう。多分山根さんも』
「え?」
『はい。おめでとうございます』

今度は山根さんの声です。

「山根さん、なんで来てないんですか?」
年末でしょ。年明けから広島やし』
「……」

そんなこんなで、あっけなくも島流しは終了し、無事に内定をいただいたのでした。

実際の映像:シャニカマ目線

実際の映像:社長目線

その後

期待通り「みかん箱」に

1000個も企画を作って、無事に内定を勝ち得たわけですが、その全てを社長2人が採点してくださいました。
最初は「500個ずつ2人で見ましょう」という話でしたが、大晦日にしたWeb会議では「やっぱり点数に偏りが出るとよくないから2人とも1000個見ます」と言い出しました。変に真面目です。

(採点も過酷なこの企画)

採点する理由を簡単にご説明しましょう。
千本ノックとはいえ、クソみたいな企画を1000個作るのもよくないのでちゃんと採点して、結果は「入社後の待遇に反映させる」ということが決まっていたのです。

もうお分かりですよね。
そうです、私は合計点が2000点を下回ったので今こうして「地べたにみかん箱」という、戦後の闇市みたいな状態で仕事をしているわけです。

そんなこんなで2月から正社員のシャニカマですが、あくまでも「入社」はスタートラインにすぎません。
自分は「未完の大器」だと胸に刻んでこれからも精進してまいります。みかんだけに。

お後がよろしいようで。

謝辞

お題をくださった皆さま。
忙しい年の瀬にお題を考えて下さり、ありがとうございました。実は激励の言葉が一番の励みで、何度も読み返しています。

爆速でWebサイトを作ってくれた西村。
「html」が何なのか、サーバーってどこにあるのか、ドメインって誰なのか。そんなことも分からないヤツの意図を汲み取ってサイト作ってくれてありがとう。

佐渡島でのお宿「iro」のホストゆうこさん。
「入社試験で1000個企画したい」という宿泊理由の時点で宿泊拒否しても良さそうなものですが、寛大に受け入れてくださり、ありがとうございました。

花岡さん、山根さん。
何の生産性もない若造の挑戦にお金と時間を割いてくださり、ありがとうございました。あと、新幹線のチケット無駄にしてすみませんでした。

人間メンバーの皆さま。
年賀状やら何やらで忙しい時期に島にいかせていただき、ありがとうございました。