十周年の川田十夢に十年前の川田十夢と十年後の川田十夢を聞いてみる。


株式会社人間は、2019年10月10日に9周年を迎え、来年は10年目の年になってしまうんです。そこで今回は、ちょうど今年10周年を迎えたAR三兄弟の川田十夢さんに「クリエイターとしての10年」について聞いてみました。

我々にとって川田十夢という男は、会社を設立したての頃に「青春!バカサミット」や「アホテック東京」などのイベントでお世話になったり、『AR三兄弟の”AR十三兄弟”公開オーディション』では、山根と花岡がそれぞれ四男、五男に選ばれたりと、おもしろテクノロジー業界の先輩的存在。

なぜか意味があるように感じてしまう「10周年」へ向かうにあたって、ここでお互い独立した当初の気持ちを思い出し、振り返り、答え合わせをしてみましょう!


今回は株式会社人間の花岡(左)、山根(右)とAR三兄弟 川田十夢(中)の3人で話しました。

AR三兄弟 川田十夢
10年間のメーカー勤務でシステム開発と特許開発に従事したあと独立、やまだかつてない開発ユニットAR三兄弟の長男として活動。今年でうっかり10周年を迎えた。

10年経つとそれが好きかどうかがわかる

山根:
さっそくなんですが、「10年」って意識してますか?

川田:
「10年続ける」ってのは、人生において常に考えてますよ。10年経つとそれが好きどうか分かるから。最初はメーカーに10年務めてて、次にネタを絡めた開発をAR三兄弟で10年やったんだけど、発明も開発も、それを言葉やパフォーマンスで周知することも全部たのしいから続けられた。

山根:
ってことは、マジで10年で区切ってるんですね。

川田:
まあ、最初の会社はこちらの都合関係なく、会社の理解が追いつかなくて半分クビになったっていうのもあるんだけどね。でも、開発を10年やってて、その技術を一般の人に伝えるって難しいと思って、説明してるだけで面白いというところまで持っていかないといけないと思ったの。ネタをバンと出すだけで伝わるくらい説明をなくしたい。で、説明をなくした余白でウケを作れるなと。

山根:
なるほど、そもそもAR三兄弟ってARで「技術を伝える」プロジェクトなんですね。結成当初に掲げてた目標とかってあったんですか?

川田:
最初から「情熱大陸」は狙ってたし、「笑っていいとも」や「タモリ倶楽部」にも出たかったんだけど、そういった出たいところに自分からのアプローチではなく出ることが出来た。

花岡:
どうやったらそんなにテレビ出れるんですか!

川田:
人間との違いは…東京か大阪かってだけだね(笑)
人間も最近「モバイル支社」って作ってたけど、そういうの大きいと思うよ。こっちの人は東京の電話番号とか住所がないと不安になるもん。

山根:
っていうか、最初の目標が“テレビに出ること”だったのは意外。開発者として、技術やスキル的に到達したいところはあったんですか?

川田:
そういうのはないですね。よく比較されるのはチームラボやライゾマとかなんですが、テクノロジーを使う人達の中で「一枚目」「二枚目」はいるけど、「三枚目」がいなかった。だからそこはもうやりたい放題だなと思った。当時は“ちゃんとした人たち”によく怒られてましたけどね。

山根:
目的が「技術を伝える」ことだったらテレビに出ることが重要で、技術力を重視しなかったことも、今なら理解できますね。

川田:
コルクの佐度島くんにも、早い段階から「広告から抜けろ」と言われてて、自分自身でやりたいことをやって注目を集めたほうが早いと。それで実際にやってみたら、広告でもらえる対価も、自分で注目を集めてやるのもあまり変わらなかった。

誰に頼まれてなくても、自分でテクノロジーを使ったコントとか先に見せちゃって、それを見た誰かに「一緒にやってください」って言われて仕事になる、みたいな。コンテンツを先に見てないと、と企業の人も頼めないんですよね。

山根:
ちなみに、目標の達成度ってどんな感じだと思ってますか?

川田:
10年前に描いていたものとしては全部達成したと思いますよ。当時思っていたイメージ通りだと思いますね。

10年続けるモチベーションは「会話」

山根:
この10年でモチベーションが下がったりはしなかったんですか?

川田:
なんかね…SCRAPの加藤隆生さんとか、ヨーロッパ企画の上田誠さんとか、BUMP OF CHICKENとか、アニメ監督の新海誠さんとか。会話を続けたい人たちが成功し続けてるから、そういう人たちと会話を続けようと思うとそれなりの成功をし続けないといけないとか、そんなことばっかり考えてますね。
“大勢の人が注目する”とか“ひとつのプロジェクトで億単位の数字を稼ぐ”とか、僕はまだそれが出来てないから、出来てる人たちと会話が続かなくなっちゃう。

山根:
その考え方面白いですね。初めて聞いたタイプのモチベーションだ。

川田:
まずは友達や、先輩後輩たちと会話を続けたいっていう。自分がやってるラジオ番組で、毎週イノベーターと会話してるんだけど、そういう人たちと会話してると「(自分も)ちゃんと数字残さないとな」ってなるんだよ(笑)

山根:
番組を通して会いたい人に会えるの本当に羨ましい。川田さんって自分が好きなものがはっきりしてて、それに向かって確実に繋げていくところありますよね。

川田:
最初、タモさん狙いだったしね。「いいとも出たい」とか「タモリ倶楽部出たい」とか。でも、テレビの人たちって僕らみたいな人が「テレビなんか興味ない」って思ってると勘違いしてる人も多いから、出たい番組があったら発信してみたほうが良いと思うよ。

そういえば俺ね、前から思ってたんだけどさ。株式会社人間は好きだけど、あまりにも“説明がない”と思うんだよね。面白いものをバンと出すんだけど、一般の人との間を取り持とうとしてないっていうか。

花岡:
そういう意味では、もっと社会との接点があったほうが良いと思って、何かの媒体で連載を山根とか社員にやらせようと思ってるんですよ。

川田:
連載はやるべきだし、それをまとめて本を出すべきだし、本を世の中に出すとそれが名刺代わりになるから、本は大きいと思う。僕たちと株式会社人間の違いを考えると、違いってそういうところしか無いと思うよ。トミモトさんとか、他にも前に出れる人もいるんだし、これから人間がメディア露出を増やしていくのもいいかもしれないね。

10年経っても「非常識」

山根:
川田さんにとって、この10年で変わったことってありますか?

川田:
ちょっと偉くなっちゃいましたね。色んな審査員とか省庁の仕事とかも頼まれるようにっちゃって。でも、だからこそくだらないことをやらなきゃいけない

ワイドショーのコメンテーターの仕事とかは断りましたもん。常識を言わないといけない立場って辛いじゃないですか。非常識なことを評価する立場だったら引き受けるけど、自分が常識を積み重ねてないのにそれを言うのは嘘になるから。

山根:
「非常識」でいたいというスタンスはうちと似てますね。僕もちょっと感動作品とか作ろうとすると「向いてない!」って失敗しちゃう。

川田:
今までは、色んなことをしたくて、色んなメディアにも出て、実際毎回ジャンルの違う仕事をしてきた10年だったんだけど。これから10年はひとつひとつの仕事を掘り下げたいと思ってるんですよ。
色んなことを知っちゃうと、それこそ「常識」を知っちゃってトリッキーなことができなくなる気がするから、知った上で「非常識」なことをやる。ちゃんとふざけるっていうか。

山根:
その、掘り下げたい分野として残ったものってなんですか?

川田:
10年続けてきた中で、開発の軸はずっと「一瞬にして誰かになれるもの」を作りたかったんだって気づいたんですよ。拡張現実って、急に上手になったりとか、急に誰かの気持ちがわかるってことなんだって。
例えば、一流の料理人になってキッチンを見たら、「○○○があるから○○が作れる」ってすぐわかる。そういう、発明によって生活が豊かになるみたいなものを作りたくて、それはもうエンタメと実用が両方ある世界だから、僕がやりたいことのど真ん中にある。

あと、「表現の不自由展」って僕も見に行ったんだけど、どうしても作者や登場人物との価値観の断絶を感じたりする。そういう時に一瞬で誰かになれたりしたら、尖った表現でも「あ、そういう気持ちで作ったんだ」ってわかったりするかもしれない。

山根:
あいちトリエンナーレはちょっと説明的な作品が多かったですもんね。

川田:
お互いの説明文が増えちゃうとそれって「表現」になってないというか、断絶が深まるばかりで、本当は見た人に「なんで作ったのか」をちゃんと理解されないと良くないよね。全部を言葉で説明するんじゃなくて感覚に接続する、みたいなものを目指してるんですよ。

10年で初めての「接待」

川田:
あともうひとつ、向こう10年考えた時に今までやったこと無かったこととして「接待」をしてみようと思ってます

山根:
え、接待!?

川田:
接待って今までやったことなかったんだけど、テレビ番組の人と話したりしてて「なんでAR三兄弟は営業も、PRもいないんだ?」って言われて、大手と仕事するときはだいたい接待すもんだぞって教えてもらったの。
つまり、喜ばせながら相手との理解を深めるってことなんだけど、一番衝撃だったのは、みうらじゅんさんが「今まで俺は接待もやってきた」本に書いてて。今まで本当に嫌いでやってこなかった接待を、今年からはやろうと思ってますね。

花岡:
接待ってただお酒を飲む場所じゃなくて、こっちの意向は無視して相手を喜ばせるってことですね。

川田:
なんで偉い人とつながろうと思ったかって言うと、大きな企業がカスタマーに対してもっと接待してくれないかなと思って。

例えば万博って、大企業がカスタマーのためにパビリオンを作らなきゃいけないんですよ。そこで、企業側の都合だけじゃなくて、お客さんが本当に欲しいサービスを考えて、接待するみたいにパビリオンを作れば最大限のおもてなしができる、みたいな文化が作りたくて。

山根:
スーパーのライフのファン感謝イベントに行ったんですけど最高でしたよ。普段クライアントとして接してる会社の人が最大限におもてなししてくれて。

川田:
僕もAR忘年会って言って、デイリーポータルの林さんとか、テクノ手芸部さんとか技術者が宴会芸を披露するっていうのを11年間も続けてて、その中には「お客さんを技術で喜ばせたい」という気持ちがあるのね。そういう個人単位でやってる接待を法人単位でやってみると面白いんじゃないかと思ってる。
「接待を考える」っていうのは、アイデアの出力方法のひとつなんじゃないかな。

花岡:
僕らはずっと「いい作品」を作って、それを見た人に評価されることが営業になると信じてやってきてて、だから接待はしてこなかった。だってモノがあるんだから。

川田:
わかるわかる。でも、さっきのあいちトリエンナーレが良くなかったのは、お客さんにもアーティストにも行政にもちゃんと「接待」できてなかったからなんじゃないかと思ったんだよね。接待って言葉を使わなくてもいいんだけど、ちょっと断絶が大きすぎたんじゃないかなって。
だって「接待」って「待つ」に「接続」するって書くんだよ? …あれ、なんか良いこと言おうとして失敗した。「待つ」に「接続」しても何もなかった!

山根:
(笑)
でも、コンテンツを売って生活してきたクリエイターは「接待」に関しては考えてないかもなあ。

花岡:
接待じゃないけど、僕らはまた「バカサミット」みたいなことやりたいなと思ってるんですよ。僕らの次の世代、次の次の世代が出てきてて、そういう若い世代と繋がってないことに危機感を感じて。

川田:
若い人向けの接待もしたいよね、また東京で若い人向けの接待イベントやろうよ。

次の10年は「ドイツフェス」を攻める

川田:
あれ知ってる?「未来年表」。最近見直したら中国のことばっかりなの。だから中国の仕事しなきゃいけないなと思ってる。
一回ライゾマとウチと隣同士で中国で展示するって機会があったのね。その時大臣とかも見に来てたんだけど、そのまま大臣がお金の話をするんだよ。で、ウチは「後で連絡します」みたいに濁してしゃべってたんだけど、あの時、お金をはっきり言えたら仕事になってたんじゃないかな。どうやら大臣が予算持ってて、その場で仕事決めちゃうような感じなんだよ。もう日本とは予算の桁も価値観も違うよね。

山根:
いやぁ、それに関しては僕らも中国というか世界にウケる仕事をしなきゃいけないなあと自覚してます。

川田:
これ初めて人に話すけど、最近狙ってることがあって。たまに国名が付いたフェスってあるじゃん。「チャイナフェス」とか「タイフェス」みたいな。こないだ「ドイツフェス」に行ったんだけど、ああいうイベントってその国の要人も来てるんだよ。そういう場所で要人と仲良くなれないかって考えてるの。
AR三兄弟の企画で「モナリザを取り出す」っていうのがあったから、フランスのルーブル美術館の人に繋がりたくて頑張ってる時に、色んな人に聞いてみたら「大使館に聞くのが一番いいですよ」って言われて。だからフェスに来る要人が狙いめなんじゃないかって気がするんだよね。

山根:
そんな、ドラマみたいにうまいこといきますかね…?

川田:
これ秘策の一つだと思ってるよ、まだ成功したこと無いからわかんないけど。いつもと同じ動きしててもダメだからこういうトリッキーなこともしなきゃなって。俺はとりあえず「ドイツフェス」から攻める(笑)

10年後もAR三兄弟は存在するのか

山根:
色々脱線しちゃったんですが、最後にこれだけ聞かせてください。
10年後、AR三兄弟は存在する?

川田:
する。
70歳のAR三兄弟もかっこいいんじゃないかと思うし、おじいちゃんになってもやってるはずですよ。今まで通り勝手にやることと、新しく接待をやってみることで、また10年続けたくなるんじゃないですかね。

山根:
おおお、本当に今の活動がライフワークになってるんですね。逆に「株式会社人間」も10年後もやってます、かね?

花岡:
やるんちゃう?これ辞めてもやることないもん。辞めてもまた新しい人間をやるでしょ。

川田:
10年と言えばさ、「THE BLUE HEARTS」って実は10年ごとにバンドを変えてるんだよね。「THE BLUE HEARTS」10年やって、「↑THE HIGH-LOWS↓」10年やって、「ザ・クロマニヨンズ」だけはまだ続いてる。で、その間の曲の歌詞を全部調べて見たことがあるんだけど、その3つのバンドで明らかに言ってることが変わってるんだよ。
ブルーハーツは「人にやさしく」で半径5mのごく個人的なことを、ハイロウズは「季節」や「文化」レベルのことを言ってて、クロマニヨンズは「土星にやさしく」って「文明」単位のことを歌ってる。しかも、歌詞の内容はスケールが大きくなってるのに演奏はシンプルになってる。

これはヒロトとマーシーのやり方で、無理に真似する必要はないんだけど。あんなに凄い人達でさえ「10年区切り」で何を作るべきか、どうスケールしてゆくのか。考え続けてる。

山根:
「10年」ってただの数字のはずなんだけど、色々考えてしまう重たい数字なんだよな。ともかく、このインタビューは「AR三兄弟は10年経ってもまだまだやる」というホッとする結論で終わりたいと思います!

あとがき

川田さんと話してて、印象に残ったのは「この人、使命を持ってる…」と思ったこと。
会社を続けるために仕事をするんじゃなくて、自分がしたいことを続けるために仕事をしないと、10年以上はやってけないんだろうなと思います。

で、我々の10年目ですが、まだそんな「使命」を選びきれてないし、立てた目標も全然達成できてないので、いったん10年目はゆっくり考えつつ、11年目から本気出そうかなと… ええ、ダイエットが続かないタイプです。