株式会社人間でのインターン勤務について
― 勤務期間3か月以上の大学生3名による語りから ―
株式会社人間 学生インターン
澤本彩樂、竹村和、福山空
指導人間員:花岡、山根シボル
目次
1 はじめに
2 先行研究
2.1 社領エミさん
2.2 佐々木航大さん
3 調査概要
4 調査結果
4.1 数値化できない能力
4.2 貪欲に笑いを取りに行く
4.3 大阪を体現した企業
5 結論
謝辞(人間への感謝等)
参考文献
1 はじめに
近年、入学直後から自身のキャリアについて考える大学生の数は漸増し、就職活動の早期化・積極化をもたらしている。株式会社ディスコ(2022)が2023年3月に卒業予定の大学3年生に行った調査によると、2022年2月1日時点で、「1日以内」のプログラムのインターンシップ等に参加した学生の割合は全体の90.7%であり、平均参加者数は9.2社であった。これは同時期の22年・21年卒業生のインターン参加者の割合90.6%・88.5%、および平均参加社数8.1社・6.3社を上回る数字である。一方で、「5日間以上」のプログラムに参加した学生は 23.5%にとどまり、社数も1.4 社であった。22年・21年卒業生の平均参加率24.1%・34.9%、および平均参加社数1.5社から減少したのである。すなわち3年生時点で短期インターンに積極的に参加する大学生は年々増加するものの、長期インターンに参加する学生数は減少していると言える。
図1 2021・2022年卒業および2023年卒業予定大学生のインターンシップ参加状況
出典:株式会社ディスコ(2022)
翻って、このような状況においては、早期から長期インターンに参加することで有利に就職活動を進められる可能性がある。というのも、長期の実務経験を通じた深い業界理解と、より実践的なビジネススキルの獲得が、短期インターンのみに参加する学生との間に差異をもたらす可能性があるからだ。
しかしここで問題となるのは、実際に勤務するまでは業界理解やスキルの獲得がどの程度可能であるか予測が困難であるということだ。特に長期インターンについてはインターネット上においても情報が少なく、学生は企業HP等の限られた情報源に依拠して企業を選定せざるを得ないというのが現状である。
こうした問題意識から、本稿は、長期インターンを志望する学生に対し、株式会社人間での長期勤務について具体的な情報を提供することを目的とする。長期インターン当事者である筆者らの論考が、諸君の企業選定に少しでも役立てば幸甚である。
なお、文中で使われる「人間」とは「株式会社人間」を指すものとする。混同を防ぐため、「ひと・人類」を意味する場合においては「人間(human)」と表記する。
2 先行研究
株式会社人間は10年前から現在に至るまで、26名の学生をインターンとして採用してきた。大学や期間に関しても多様で、全国からの応募があり、期間では1ヶ月間から3年間などがいた。
2.1 社領エミ
後藤あゆみ(2015)の記事によると、社領エミは、京都精華大学に在学する2012年9月頃から、学生インターンとして人間で勤務を始めた。2か月の勤務期間において、イベントの運営や企業との打ち合わせ等に携わったという。
大学卒業後は、制作会社でのアルバイト等を経て、人間にデザイナー職として採用され、2013年9月に既卒の正社員として入社した。人間では、主にWebデザインを担当しつつ、イベントの大道具作りや自社グッズの企画、記事の執筆、梱包や掃除など広範な業務を担当した。そんな人間の魅力について社領は、
人間は、面白いことをしようとしている個性的な会社なので、ブランディングがすごく重要で、面白くなかったらイメージが悪くなるので、つねに面白いものを作らないといけないという責任が大変ではありますが、それがやり甲斐でもあります。「絶対に面白い事を考えないといけない」瞬間があるところが、勉強になりますし楽しいです。
あと、社員も6人なので仲も良いですし団結力があります。選ばれた6人という感じで、1人1人が仕事をもらえるような個性を活かした体制にもしようとしています。 (後藤,2015)の記事より
と述べている。
また、社領エミ(2017)の記事によると、彼女は社員として4年2か月勤務した後に退社した。その後は京都を拠点とするフリーランスのライターとして企画・取材・執筆等で活躍している。
2.2 佐々木航大
佐々木航大(2020)によれば、大阪芸術大学2年生時に彼が実行委員を務めた「ツムテンカク2013」というイベントが、人間と初めての出会いであったという。その出会いを契機に、彼はグランフロント大阪ナレッジキャピタルの「THE世界一展」で人間のサポートを行うことになり、3か月間週4日で、各日約9時間の会議の議事録を取っていたという。彼はこれが人間における「奴隷」としての経歴のスタートであると述べている。その後、人間との関係はさらに発展し、5年にわたって謎解きイベントや作品制作に携わることとなる。なお、「奴隷」はインターンの先祖にあたる存在であり、「奴隷」よりも待遇が格段に良くなった雇用形態がインターンである。
彼は大学卒業後にフリーランスとして活動した後、25歳で人間に就職した。ディレクターとしては、みさき公園の「親子水いらず」「卒園式」の広告や、Nattsの「南海全駅100連結!」、LUCUAの「トキメキ迷宮シリーズ」や「トキメキ事業部」のWeb立ち上げを担当した。その後彼は退職し、2021年2月からはスープストックトーキョーなどを展開するスマイルズにて、活躍を見せている。
以上のように、人間は継続的に学生インターンを採用してきた実績をもつ。さらに、インターン経由で人間に入社した学生は様々な領域で活躍していると言える。
しかし、これらはいずれも5年以上前の事例である。そこで、現在の人間における長期インターンの内実について、改めて問われるべきである。本稿では、人間でインターンとして勤務する大学生3名に対して聞き取り調査を行い、その内部事情や業務内容について明らかにしつつ、彼らの意識変化・能力変化や株式会社人間という会社について検証する。
3 調査概要
株式会社人間に勤務した3名の大学生に対して、半構造化インタビューにより人間でのインターンについて聞き取った。インフォマントの属性は表1の通りである。3名にはオンラインで各1時間程度のディスカッションを行い、勤務の経緯や携わった業務、企業文化等について調査した。具体的には「人間でのインターンを志望した理由」「入社後のギャップ」「職場の雰囲気」「身についたスキル」等について問い、調査対象者の回答に応じて後続する質問を適宜変更した。
就職活動に関する調査においては大規模な量的調査を実施するものが多いが、本研究では調査対象者の限定性を補完するために質的調査のアプローチを採用した。個人の経験を詳細に聞き取ることで、その実態を現実的に示す効果が期待できる。
一方で、以上のような対象者属性やインフォマント数などにおいて本研究は限定性があることに留意しなければならない。
表3-1 インフォマント一覧
4 調査結果
4.1 数値化できない能力
澤本彩樂は、2021年6月に人間に長期インターン生として入社し、2022年3月まで、およそ9か月間勤務した。就職を機に、人間を卒業する。
彼女は、人間を志望した理由として「社会に出る前に実際に現場に立ち、学校では学べないデザイン業界について知りたかった」「数あるデザイン会社の中でも人間は一風変わっていて面白い経験ができるのではないかと思った」ことを挙げている。応募にあたって彼女は、人間ホームページの問い合わせフォームから選考を志願したという。彼女は面談に自らのポートフォリオと作品集を持ち込むと同時に、人間で経験したいことや携わりたい企画の方向性を伝えたという。面接に関して彼女は「何か面白いことを言わなければならない」と緊張していたが、実際は和やかでカジュアルな雰囲気だったため、落ち着いて選考に臨むことができたという。その結果として彼女は無事選考を通過し、長期インターンとして採用されることとなった。
具体的に携わった業務としては株式会社オプテージ mineoのTwitterアカウントの企画・制作・撮影が挙げられる。「鏡餅マイぴょん」の企画から撮影、「パケトッツォ」のデザインなどを担当した。他にも、人間酒場などのイベントや自社パンフレット刷新、吹き戻し年賀状の制作など様々な業務に携わった。
彼女は、こうした業務で感じる働きがいについて以下のように述べている。
―― インターンとして働く中で、どんなときに働きがいを感じたのだろう。
やっぱり、自分が携わった作品とか、手伝ったイベントに対するみんなの反応を見たときですかね。
――「みんな」っていうのは、社外の人たち?
はい。たとえばmineoのTwitterが一番分かりやすいですけど。自分が作った作品に対して、リプライやリツイートで反応があると本当に嬉しいです。
―― 確かに、制作物が不特定多数の人に届いて評価してもらうというのは、普段学校で取り組む制作ではなかなか得られない経験ですよね。
そうなんです。貴重な経験といえば、人間以外の広告・デザイン系企業についてお話を聞くことが出来るのもありがたいですね。
―― それは就職活動に役立ちそう。公開情報の少ない企業も多いし、現場の第一線に立つ人による同業他社の評価って、とても貴重な情報ですね。
それに、普通の学生だったら出会えないようなデザイン業界の人たちと交流する機会があったことも、個人的にとても貴重な体験でした。あと働きがいで言えば、少しずつできることが増えていったのが嬉しかった。特に数値化できないものというか。
―― 数値化できないもの。
そう、デザイン技術とかコミュニケーション能力とか。幅広い工作能力と、臨機応変に対応する力。数字では表せないけど社会人として重要な能力が身についた気がします。多分。
―― 他のデザイン会社とかでは経験できない謎の業務をたくさん担当しますもんね。墓作りとか年賀状作りとか。
そうですね。人間だからこそ、身についた能力だと思います。
先述した後藤(2013)のインタビューにおいても、デザイナーの社領が自らの領域を超えて様々な業務を担当していたことが明らかになったが、澤本の語りからは、9年経った現在においてもそうした風潮は色濃く残っていることが示唆されている。加えて澤本は、様々な業務を担当することで学生インターンは多角的な能力が身につくと述べている。これは、実際に広範な業務を担当した社領がデザイナーのみならずライターとして企画・取材・執筆のスキルを身につけ、現在活躍していることがまさにその裏付けとなっていると言えるだろう。
続いて、澤本に社風について尋ねると以下のように述べた。
―― 人間の社風について、澤本さんはどのような印象を抱いているんでしょう。
正直、入社前はすごく構えていました。面白さとか特別な何かを求められたらどうしよう、って感じで色々と想像がつかなくて。クライアントワークもHPも個性的ですし。
―― ネット上にある人間のインタビュー記事も、まともなものが1つもない。
そうなんです。でも実際に働いてみると、予想とは裏腹に社員の皆さんはとてもフランクで話しやすくて。キャラが強く何を考えているのか分からないような方々なのかと思ったら、意外としっかりとした人間(human)で。そのギャップに驚きました。社長と社員もフラットに話していますし。インターンでも社長に直接相談できる。
―― 確かに澤本さんは花岡さんに何度も就活の相談をしていた印象があります。
満足できる就活用ポートフォリオがなかなか作れなかった私のために、社員の方々が数回にわたってポートフォリオ品評会を開いてくださって。それが本当に有り難かったです。
―― 品評会は毎回笑い声が響いてて、楽しそうでした。
品評会に限らず、社内がいつも和気藹々としていますよね。常に笑い声が響いていて。とても賑やかなので、勤務していても本当に楽しく、学校やバイトみたいに「面倒くさいなぁ」「早く終わりたいな」と思うことは一回もなかったですね。凝り固まった古い考えはなくて、全体的に若い。社外の人たちも盛り上げて面白くしていこうというエネルギーに満ちている。
―― 会社が位置する靱公園周辺に対して、特に積極的に働きかけてますよね。「UTSUBO DESIGN TOURS」とか「うつぼランチ部」とか。
靱エリアのコミュニティ力は本当に高くて。周辺企業みんなで一体となって大阪全体、あるいは靱界隈を盛り上げていきたいという空気を感じます。これは靱エリアだけの話ではなくて、株式会社人間を通してコミュニティが広がっていくことを感じる機会が何度もありました。
―― それはどんな広がり方なんですか。
スタッフとして手伝った人間酒場とかもそうですけど、そこに来た他人同士が積極的に繋がる場になっていることですかね。面白くて好奇心旺盛な人たちが自然と集まってくる場所になる。
彼女の語りにもあるように、人間は周辺企業を巻きこんで様々なイベントを実施してきた。2011年から2020年には毎週水曜日に社外の人も含んでランチを楽しむ「うつぼランチ部」の活動を実施。コロナウイルスの感染拡大を受けて現在は休止中ではあるが、靱公園周辺の飲食店を9年にわたって盛り上げた。
また、同業種の採用イベントとして2017年10月には、大阪市西区京町堀を中心としたWeb制作デザイン会社6社による合同説明会「京町堀の小さなデザイン会社 説明会」を開催し、2020年1月には東京でも、靱界隈6社による合同の企業説明会を実施した。学生向けの採用イベントも主催しており、2020年、2021年にはうつぼエリアに位置するクリエイティブ企業を見学できる学生限定ツアー『UTSUBO DESIGN TOURS』を主催した。
このように、人間は京町堀エリア・靱公園周辺の企業と様々なイベントを実施している。こうしたイベントの企画は学生インターンも提案可能である。企画が採用された場合は、主催者の一人として大きなプロジェクトを運営する貴重な経験が出来るであろう。さらに、イベントに集まった多種多様な人間(human)と関係を築くことが出来れば、エリアに留まらない大規模な企画に発展させることも可能になるだろう。
以上の語りからは、人間での長期インターンから得ることができる様々なメリットについて確認できるが、やはりデメリットも存在する。人間の弱みについて、彼女は以下のように言及した。
―― 人間の弱みについて感じたことはありますか?
それが本当になくて、とても満足な職場なんですけど、絞り出してあえて挙げるなら「イジリ」ですかね。
―― イジリ。
人間にイジリは不可欠だと思います。社内のコミュニケーションはイジリが多いですし、イジリから企画が生まれている。イジリに耐性がない人はちょっとびっくりするかもしれません。個人的には全く気にならなくて、面白おかしく欠点も指摘してもらえるのでむしろモチベーションになりました。個性的な会社なので、社風が合う・合わないは人によると思います。
―― なるほど。
クライアントが人間を選ぶのも、「イジリ」的なアイデアを求めているからだと思うんです。大阪らしさと、面白さと、邪さ。イジリはこの要素をまんべんなく含んでいるので、やっぱり人間の特異な文化だと思います。
―― 人間のイジリ力はインターンで身につきましたか?
9か月では厳しかったです。でも学校の友達からは「人間っぽくなった」と言われることが増えました。学校の真面目な課題や卒制で、無意識に面白さを出そうとしてしまって。人間的な考え方とか見せ方とか、会社の遺伝子的なものは半分受け継いでいるのかもしれません。それぐらい強烈な個性と文化に満ちた会社です。
彼女の語りによると、人間にとって「イジリ」は不可欠の要素であるという。実際、2016年度の活動報告書にも「イジリ」に関する記述を確認することが出来た。
社長いじりを得意とするデザイナーの松尾聡が、ディレクターの指示にはない「社長の足を極端に長くする」という勝手な演出を入れたことで、「実物とパンフレットを見比べられて恥ずかしい」という、社長の足への注目度を高めました。 (花岡・山根 2017:4)の記事より
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そして現代の若者には響かないことをいじる企画を提案 (花岡・山根 2017:5)の記事より
世相だけでなくクライアントをもイジる様子からは、やはり「イジリ」は人間の根幹をなす企業文化であることが確認できる。二つの記述からはイジりから企画が生まれ、イジりが企画を発展させていると言えるのではないだろうか。「イジり」が苦手な学生にとっては人間の長期インターンへの応募は一考の余地があるだろうが、「イジり」を起点に企画を作り上げるプロセスや、「イジり」で生まれるコミュニケーションについて学びたい学生には最適な場であると言えるだろう。
4.2 貪欲に笑いを取りに行く
竹村和は、2021年11月から人間に長期インターン生として入社した。澤本と同様、就職を機に人間を卒業する。
インターンを志望するそもそもの理由は、2か月の長期勤務で単位を取得できる専門学校のプログラムに取り組むためであった。数ある企業の中でも人間を志望した理由として「他の企画・デザイン会社と毛色が違って面白そうだった」「Webサイトなどの制作物の作りが凝っているので、どうやって作っているのか見てみたいと思った」ことを挙げている。専門学校経由でインターンに応募した。彼女は面談にポートフォリオと学校で作った絵本を持ち込んだ。「デザインと企画から運用までできるデザイナーになりたい」とアピールし、無事選考を通過した彼女は、長期インターンとして採用されることになった。大学のプログラムは2か月勤務すれば条件を満たすのだが、「Twitter関連の工作や人間らしい業務など様々な仕事がしたい」と本人の強い希望で1か月延長し、2022年3月までおよそ3か月間勤務した。
具体的に携わった業務としては、間取ラー制作、Twitterアカウントの企画・制作・撮影などである。高速スマホケースや充電柱、マイピタマグネットの制作やデザインも担当した。また、パンフレットの修正や年賀状作り、イベントの手伝いなどにも積極的に取り組んだ。
彼女は、こうした業務で感じる働きがいについて以下のように述べている。
―― インターンとして働く中で、どんなときに働きがいを感じたのでしょうか。
作るのを補助したものが人の目に触れたときですかね。特に反応が見えやすいTwitter案件はその最たる例ですね。他にも間取ラーなど自社製品の制作に協力したのですが、やはり作ったものが人のもとに届くという経験は何ものにも代え難い魅力ではありますね。
前述した「奴隷」の佐々木航大も、あるインタビューにおいて間取ラーが人のもとに届く嬉しさを述べている。
これ(筆者注:間取ラー)が誰かの家に届いたり、時間が経っても「まだこれが家にあるのかあ」と思うと、やっぱり形のないもの(筆者注:webや広告)とは、また別の喜びとかうれしさがありますね。 (中前,2021)
竹村・佐々木の語りからは、人間で取り組むことができるモノづくりは、特別な喜びに満ちた体験であることが伺える。これらの体験は、webのみならず「クソリプかるた」「コンプレックス人狼」といったプロダクトの制作についても盛んに取り組んでいる人間だからこそ可能になる、稀有なものである。
続いて、竹村に社風について尋ねると以下のように述べた。
―― 人間の社風について、竹村さんは率直にどのような印象を抱いていますか。
会社というよりコミュニティ感が強いなと思います。制度化された組織感が薄くて。オフィスにこたつが置かれてたり、団らんの雰囲気が常にある。社員の方々も近くの先輩っぽくて、インターンのためを考えて、「やりたいことは何か?」と聞いてくれる。優しくて強要もしないですし。
―― インターンの意思を最大限尊重する風土がある。
そうですね。インターンだけでなく社員の方に対してもそうで、子供がいるからリモートワークOKにしたり、その他のルールも納得できればすぐに制度化されたり。各々の社員がしたいことに合わせて「人間研究所」の部門を作ったり。意思を尊重する寛容さと同時に、困った現状を解決する課題解決心も持った社員の方が多いと感じました。
―― なるほど。竹村さんは様々なクライアントワークに携わったと思うのですが、社外に対する社員の印象はどうですか。
クライアントとの打ち合わせを見ていると、統計・マーケティングではなくアイデア重視の社員の方が多いのだなと感じました。しかも伝え方も上手いので、打合せでも頻繁に笑いが起きる。そう考えると、人間にはいいアイデア・デザインができる少数精鋭の社員が集まっているのだなと感じます。
―― アイデア重視の方が多いと、発想法なども多種多様なのでとても勉強になりますよね。
そうですね。打ち合わせや社員の方の企画書を拝見して、考え方のノウハウというかアイデアの絞り方を側から学ぶ機会が頻繁にあります。特にダジャレ型の企画が得意なシャニカマさんは企画の言葉遊びや細部までのこだわりが巧みで、とても勉強になりました。ダジャレ力も多少向上した気がします。
彼女の語りで言及された「シャニカマ」とは、人間の主力プランナー「岡シャニカマ」を指した言葉である。「ヘア神宮」「有給浄化」「GOMOトラレルキャンペーン」などのクライアントワークを手掛けた彼の企画はやはりダジャレが盛り込まれている。また、「寝ンター試験」「ブサリミナル効果」「帰省虫」といった企画アイデアを「#企画地獄」というタグとともに自身のTwitterアカウント(@SHANIKAMA_hrkt)で発信している。こうしたアイデアにもやはりダジャレが盛り込まれている。岡シャニカマ(2019)によれば、「思い付く企画のほとんどをダジャレから生産している」のである。「ダジャレ職人」の異名を持つ彼からは、「イジリ」と異なる「ダジャレ」という視点から企画の考案法について学びを深めることが出来るだろう。また、「岡シャニカマ」は「斜に構える」から取った名前であるが、仕事に対しては社内では誰よりも真摯で丁寧である。発想法のみならず仕事との向き合い方を学びたい学生は、彼のもとで学ぶと良いだろう。
仕事との向き合い方に関連して、人間でのインターンを通じて彼女が最も勉強になったのは作品発表の姿勢であるという。
―― インターンを通じて一番学んだことは何ですか。
ひとまず何でも見える形にして人に向けて出してみることが大事なんだなあと思いました。作品なり広告なりを世に出してみて、それが価値あることだったら世の中から返しがあって、利益が出て、みたいな。アーティストのお手本のような攻め方の会社だなと思いました。
―― 確かに広告会社っぽくないですよね。
そうなんですよ。しかも攻め方もかなりアクロバティックで。大阪産業創造館での講演を手伝ったんですが、花岡さんの登壇が企業の代表とは思えないような体の張り方で。代表だろうが、見たことのない手法を積極的に試して貪欲に笑いを取りに行くという姿勢は感銘を受けました。人間は他で出来ないことをしてくれると同時に、社員自身が楽しみながら受け手が楽しい工夫をしてくれる。クライアントが人間を選ぶ理由はここにあるのかなと思いました。登壇する花岡さんの姿は、クリエイティブ職として会社に対して自分が何か出来るか考えるきっかけになりました。
―― なるほど。インターンを通じて会社から何を学ぶかだけでなく、インターンを通じて会社に何を提供できるか考える姿勢は重要ですね。
与えられた任務について「自分で情報を取りに行く、構成する、相談する」をもっと上手くやりたいと思うようになりました。そして一つの作品の裏には、莫大な量の、綿密なコミュニケーションがあることを知りました。
貪欲に笑いを取りに行く代表2人の姿勢は「笑かす仕事をつくる」と題して公開された求人ブログのインタビューで確認することが出来る。
花岡:「面白いことは無償でもやりたい。儲けるだけなら、(依頼仕事の)アプリやホームページ制作をしていればいい。だけど、ボケて、リアクションをもらえる作品づくりは、仕事には代えがたい快感がある。」 (村田,2014)の記事より
山根:「とにかく目立ちたい。誰もやってなくて、大勢の人目に触れるものを作りたい。WEBをツールにしてるのも、そこにちょっとつながります。また、“目立ちたい”というのは、舞台を広く、見てもらえる人のキャパを大きくしていっせいにたくさんの人を笑わせたい、ということ。だから、作品でも真面目に流通に乗っけることを考えますね。」 (村田,2014)の記事より
本稿を執筆している2022年4月時点でも代表の花岡は体を張っている。4月2日に東京で行われた「青春!バカサミット 2022(春)」というイベントにおいて彼は、「バカというアイデンティティを失って銀色の物体となったので、未来を変えるために10年後の未来から来た」というコンセプトで銀色の全身タイツに身を包んで登壇し、会場を騒然とさせた。他にもアホテック東京やTEDxKobeなど、村田(2014)の記事が公開された2013年から現在に至るまで、花岡は様々な講演で体を張り続けてきた。一貫して笑いを求め続ける彼の姿勢は、そのまま株式会社人間のスタンスを体現していると言えるだろう。しかも、ただ奇を衒って笑いを取ろうとするのではない。
山根:「一見、アホっぽい。だけどよくよく中身を見れば、綿密な構成や制作の技術がある。僕らが大事にしているのは、そういう仕事。普遍的な面白さ、かつ個性的なおかしみや遊びがあるものを3人の技術と工夫を駆使して表現する。それが”面白くて変なことを考えている”というコンセプトにつながるところなんです。」 (村田,2014)の記事より
竹村が語りで言及していたように、仕事の裏にはもちろん「莫大な量の、綿密なコミュニケーションがある」のである。社員3名の時代から意識されてきたこうした緻密な戦略について、勤務を通して学ぶことが出来るだろう。
4.3 あまりに大阪を体現した企業
福山空は、2020年11月から人間に長期インターン生として入社し、2022年3月までおよそ15か月勤務した。澤本・竹村と同様、就職を機に人間を卒業する。
人間を志望した理由として「『変な会社 関西』で検索したら人間がヒットした」「変な企画の考案法とそれをクライアントに通す術を学びたかった」ことを挙げている。彼は代表との面談兼ランチにあたって、食事に関する企画50案と、虫かごをコンセプトにした手作り弁当を持参し、その気味悪さから長期インターン生として採用されることとなった。
具体的には株式会社オプテージ mineoのTwitterアカウント投稿における企画・制作に取り組み、「歌舞伎スマホケース」「ハグするモバイルバッテリー」「iPhone819」「自撮り笏」「フレミングの左手スマホスタンド」「襷スマホケース」「『今年の漢字』スマホスタンド」などを企画した。自社コンテンツでは、企画天国「胃ヤフォン」「飲み会コールセンター」の企画や「吹き戻し年賀状」「大風呂敷年賀状」の制作、クソリプ集め、墓制作など企画を中心に様々な業務を担当した。玉石混交(石が99%)の累計企画数は350案に上った
彼は、15か月間働いたうえで、人間での働きがいについて以下のように述べている。
―― インターンとして働く中で、どんなときに働きがいを感じたのでしょうか。
やっぱり、学生でありながらクライアントとの打ち合わせ等に参加できるのは貴重な経験で、働きがいを感じました。クライアントから提示された要望に対し、社内でその解決策となる企画やアイデアを持ち寄って洗練させ、クライアントに提案する。この一連の流れは短期インターンでは経験できないのでとてもありがたかったです。
また、短期インターンのグループワーク等ではお題の解決になっていなくても、予算を完全に無視していても、ある程度許容されて自由奔放なアイデアを提示することが出来るのですが、長期インターンではそうはいかない。実在するクライアントの課題を解決しないと企画は何の役にも立たないし、人間の利益にも繋がらないので、アイデアを徹底的に練らないといけない。しかも邪道で面白くなければ人間で企画する意味がない。たくさんの制約の中で企画を絞り出すのは本当に難易度が高いですが、学生ながら企画業の醍醐味を感じられる経験だと思います。
人間も愚かで自由奔放な企画を闇雲に実施しているように見えるかもしれないが、実はその裏に緻密な戦略が存在していることは前に述べた通りである。加えて、彼の語りにあるように「邪道」が人間を表現する1つのキーワードである。先述したTEDxKobeでは「邪道の歩き方」という講演タイトルのもと邪道な演出で登壇し、会社設立10周年には「ヨコシマトリエンナーレ2021 〜邪の道はHEAVY〜」というイベントを銘打ち、邪をテーマにした10企画の発表を掲げた(実現は5企画に終わった)。あるインタビューで花岡は、「邪道」戦略をとる際に意識していることについて以下のように語った。
「勝つために」ということは意識していますね。枠をはみ出すのも勝つため。デザインという名のリングのうえで既成概念やルールに則って戦うのではなく、場外で暴れる。僕ら以外に誰もいないから、負けることはないんですよね。だから目立つ。反則技って言われることもあるんですが、勝ちは勝ちなので。邪道の戦法です。 (田中,2018)の記事より
常識やルールといった枠を無視して奇天烈な企画を提案するのではなく、枠を認識した上で、あえてはみ出した企画を提案する。企画にユニークな面白さを持たせるには、「邪道」の考え方は非常に重要なものとなる。前者の企画では「ただ変なもの」になってしまうが、後者では「視点が新しい面白い企画」になるのである。企画の面白さをどう引き出すかについても、人間で学ぶことが出来るだろう。
また、一般企業とは大きく異なる、いわば「邪道」のオフィスや社内文化について、彼は以下のように述べている。
―― 会社の雰囲気等についてはどうですか。
笑い声が常に響いている、異様なオフィスです。社員同士の会話はもちろん、打ち合わせや社内の企画出し、ランチまで。ツッコミやダジャレが常に飛び交ってますし。澤本さんが言っていたように、とにかく人を面白おかしくイジる。職場環境も、オフィスと呼ぶにはあまりに雑多で、不要なモノで溢れているのですが、それがとても心地良かったです。面白ければ何に対しても寛容な、あまりに大阪を体現した企業という感じで僕は大好きでした。社内文化が独特なので、合うかどうかは完全にその人の好みの問題だと思います。
―― 成長を感じたことはありますか。
やはりアイデアの出し方・磨き方・見せ方はたくさん勉強させて頂きました。申し出れば、企画に関してFBを頂くことも可能です。卒論執筆にあたって、入社当初に自分が出した企画書を見返していたのですが、全て最悪最低のアイデアでした。毎回「これは最高のアイデアだ」と勘違いして提出していたので、最低最悪だと認識できるようになったということは、企画の考え方に関して成長できた証なのではないでしょうか。
―― 入社後のギャップはありましたか。
そうですね。意外だったのは、クライアントへの提案に戦略的なマーケティングの思考があまり盛り込まれていないことでした。面白さを捨ててクライアントの説得を優先させるのではなく、人間的な「企画の面白さ」で一点突破するパワープレイの提案で。そして、それを通してしまうのが人間のすごさだと思います。プリミティブな面白さを有する企画に群を抜いて強く、実際にクライアントもそれを求めて人間に相談する。この強固な信頼関係は稀有で面白いなと感じました。
とにかく企画について学びたい学生は、人間のインターンに応募して損はないだろう。
「邪道」「イジリ」「ダジャレ」をはじめとするユニークな企画法について学びを深めることが出来る。そしてそうした企画をクライアントの課題解決に結びつけて通す方法と、結果を出して信頼関係を築いていく方法についても理解が深まるであろう。王道の企画では物足りない学生にとっては非常に刺激的なインターンになるはずである。
5 結論
本研究では、株式会社人間で3ヶ月以上勤務した学生3名を取り上げ、その語りを分析することで株式会社人間の業務およびその風土について分析した。デザイナーとしてインターン入社した澤本・竹村、プランナーとしてインターン入社した福山の語りから、株式会社人間での長期インターンだからこそ獲得できるスキルについて明らかにした。
最後に繰り返しにはなるが、対象者属性やインフォマント数などにおいて本研究は限定性があることに留意しなければならない。すなわち、本研究にはまだまだ分析の余地がある。本稿を見た学生が人間にインターン入社し、論文に加筆することで私たちの研究を継いでくれることを願うばかりである。
謝辞
本論文を執筆するにあたり、多くの方々にご指導ご鞭撻を賜りました。
研究の遂行にあたり指導教員である花岡・山根シボル代表には、終始多大なるご指導を賜りました。ここに深謝の意を表します。
また、その他の社員の皆様方にはご助言を賜るとともに本論文の細部にわたってご指導頂きました。心より感謝致します。
最後に、日頃の勤務を通じて多くの支援や示唆を頂いた学生インターン生の皆様に感謝します。同時に、本研究の趣旨を理解し快く協力して頂いた、学生インターン生の皆様に心から感謝します。本当にありがとうございました。
文献
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後藤あゆみ, 2015,「年齢関係なく出会う人と友達になる、私らしい仕事の見つけ方|人間 デザイナー 社領エミさん」,はたらくビビビット,2015年5月30日,(2022年3月5日取得,https://hataraku.vivivit.com/interview/ningensyaryo_interview).
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